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文化としての将棋 1

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象戯綱目と村落への普及

 河内国若江郡御厨村加藤家文書には、将棋史料として3枚6とおりの詰め将棋の図式が残る。旧御厨村は現在本学が所在する場所でもあり、江戸時代には大阪市中の近隣に位置する村高1,214石余りもある豊かな村であった。加藤家は、この村で代々庄屋をつとめた。この3枚の詰め将棋の作者は、別所素庵・瞽者與都・小原大介である。これは、宝永4年(1707)に刊行された「象戯綱目」に掲載された全国の将棋上手に列せられる人々であり、別所素庵は往世の出身地未考の一人で角行落の実力の持ち主、瞽者與都は当世の京都の上手13人のうちの一人で片馬の実力、小原大介は同じく当世の京都の上手13人のうちの一人で実力は不明(手相しらず)と記されている。
 この3人の上手の将棋作物は「象戯綱目巻之四」に載り、加藤家に残る詰め将棋の図式はこの本からの写しである。江戸時代の棋書による将棋の農村への浸透が見て取れる史料である。



象戯綱目に載る別所素庵作詰め将棋図式第三〔館蔵〕



加藤家文書に残る別所素庵作詰め将棋図式写〔館蔵〕



象戯綱目に載る別所素庵作詰め将棋図式第四〔館蔵〕



加藤家文書に残る別所素庵作詰め将棋図式写〔館蔵〕



象戯綱目に載る瞽者與都作詰め将棋図式第十一〔館蔵〕



加藤家文書に残る瞽者與都作詰め将棋図式写〔館蔵〕



象戯綱目に載る瞽者與都作詰め将棋図式第十二〔館蔵〕



加藤家文書に残る瞽者與都作詰め将棋図式写〔館蔵〕



象戯綱目に載る小原大介作詰め将棋図式第七〔館蔵〕



加藤家文書に残る小原大介作詰め将棋図式写〔館蔵〕



象戯綱目に載る小原大介作詰め将棋図式第八〔館蔵〕



加藤家文書に残る小原大介作詰め将棋図式写〔館蔵〕