文化としての将棋 3
作家と将棋
尾崎一雄直筆原稿〔本学アミューズメント産業研究所蔵〕
志賀直哉に師事した昭和初期の作家として知られる尾崎一雄は、師志賀直哉との将棋にまつわる「志賀先生と碁・将棋」と題した文章を残している。志賀直哉は、碁は駄目であるが、将棋は強かったようだ。尾崎一雄は、志賀直哉が奈良にいた時分に8ヶ月ほど近所に住んだ。そのころ師匠に平手で将棋を挑むが一向に勝てない。どうせ負けるのなら平手のほうがすっきりすると意地を張ってみたが、あまり負けがこむので、一雄は自分でも情けなくなった。
「どうも弱いね」
先生もつまらなさうに云はれる。
「はァ、前はもっと強かったんですが……」
両方とも、無味索然たることになってしまふ。
「君が勝ったら一円ほうびを出すことにしようか」
昭和五年頃のことで、一円は大金だから、大いに士気を振ひ起こして立向ふのだが、結局、一円頂いたことは無かった。
一雄が対局に根を上げて降参しても、まだ逃げ道はあると言われてつきはなされ、ぎゅうぎゅうにやりこめられたという話である。