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将棋の風俗史 1

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1.川柳などに表れた将棋

 江戸時代に編集された川柳を読むと、昔も今も下手な人の将棋は、変わっていないことに気付く。将棋を覚えて、上手にならない人達の心理を、うまくいいあてているように思える。
 私たちが経験した将棋は、以下の川柳の1から4までで、5以降の歴史的な事項も拾ってきた。将棋を指し始めた頃は、棒銀一辺倒であったと思う。その後矢倉を覚え、さまざまな戦法を試してみるが身につかず、これが強くならなかった大きな理由であると思う。

 ①川柳
 1 手を開けば金銀山の如く也(樽・三八・2)
 正式な対局ではなく、将棋好きが盤面に向かい会いながら指している。取った駒は、お互い手に握り締め、相手がどのような駒を所持しているか不明である。こちらから、手にはどのような駒があるのか聞くと、にわかに手をひろげ、金将・銀将・桂馬・香車・歩など山のように持っていた。この情景は、王を詰ますのではなく、相手の駒を取ることに夢中になったためだと思う。相手王を詰ますために、とりあえず駒を取ることに専念した結果でもある。一般的には、へぼ将棋といわれる類である。
 クーラーがない頃、夕涼みをかねての娯楽で、ろーじなどで手作りの長椅子に腰掛けて、将棋盤を置いて指していた。場所の問題もあり、駒の置く場所がないために、手に握っていた。また、この頃は木造家屋も沢山あり、台風が接近すると、子供や老人は近所の学校や銀行の建物に避難し、台風が過ぎ去る時間を待つのだが、大人は暇つぶしのために将棋を指していた。
 明治以降、正式な対局には、駒台があるが、一般の将棋には、駒台はなく取った駒は、手元に置くか、手に握っていた。

 2 半分は口で指してる下手将棋(樽・一四三・32)
 ろーじでの縁台将棋に見られる。将棋をしている周囲に数名いて、いちいち指し手に文句をいう。「今の手はないで、その手を指すなら、こっちの歩を指したら相手の陣地に飛び込める」「その手より、こちらの歩を突き棄てると王手飛車になる」「王の周囲を固めるより、敵陣に打ち込んで、陣形を乱すほうが早いで」このように見ている側は、全体の流れがよく見えるし、いらいらしてきて、口をはさむようになる。

 3 飛車角がみんな成り込む一の谷(拾・六・4)
 うしろから王手々々と一の谷(万句合 宝暦八)
 下手な将棋の見本で、簡単に王手を指す手に問題がある。将棋は、相手の王を詰めなければならないのに、飛車や角など、他の駒でも敵陣に成り込む、成り込むのがゲームの中心ではない。一の谷の合戦の風景そのままを詠んでいる。
 味方の駒で厚くなると、安心してゲームの進行ができるからであろう。

 4 王より飛車が逃げたい下手将棋(樽・三五・25)
 下手な将棋ほど王より飛車を可愛がる。飛車は縦横に動く便利な駒で、飛車がなければ将棋にならないと下手な人は思っている。特に王手飛車取りに遭遇すると、この一手で勝負が決したと思うぐらいである。

 5 宗桂に負けたはなしも手柄也(樽・三八・24)
 大橋宗桂は、初代・五代・九代が名乗っている。名人を世襲するが、力がなくては世襲ができない。当時のやりかたで考えると、養子縁組にするか、娘と結婚させ家名を次ぐかしなければならない。名人を持つ宗桂に負けたところで、実力は大橋宗桂が上だから、負けるのは当たり前である。普通、大橋宗桂と対局などできない。宗桂と戦ったことがひとつの名誉と考えられていた。

 6 姉妹に桂馬と打った中納言(天明三『福寿草』)
 桂馬は一手で両取り、将棋の駒でも不思議な飛び方をする。右斜めと左斜めに一マスを飛び越える。取られる駒は、一マス離れている。中納言は男子だから、美人姉妹に交際するように声をかけた。それも一人だけでなく二人そろっていることに妙がある。現在でも二股をかけるのはよくないとされている。在原行平中納言が須磨の浦に流され、二人の海女松風・村雨とよい仲となった。浄瑠璃・歌舞伎の題材となる。

 7 金銀をとられ和尚も囲きれ(樽・七三・25)
 和尚が女性を囲っていて、金の切れ目が縁の切れるごとく、将棋において金銀で固めた堅陣でも、金銀を取られては、簡単に囲いが破られてしまった。その状態と比較している。

 8 かの後家に和尚桂馬とうたれたり(拾・二・13)
 うまい具合に後家と交際していたが、後家から、和尚が手が出せないような方法で処理された。桂馬は直接相手と対応をしない。一マスあいているのがミソ。

 ②狂歌
 9 『貞柳翁狂歌全集類題』
  金銀はあるも猶よしなしとても人間万事宗桂がこま
 守りでも金銀があると、堅陣を作れる。また、攻めに行くにも金銀がないと詰ますのは、容易ではない。しかし、桂馬があると別の攻めが考えられる。現実に金銀を保有しているとよいが、なくても大橋宗桂の駒を持っていれば誉れ高い。

 10 寛文十二年『後撰夷曲集』巻第九
 〈奈良にすみける僧、もと見しよりまづしくなりて京へのぼりしが、或かたにて将棊つづけ負にまけけるをみて、よめる〉源重秀朝臣
  世につれて将棊も下手になら法師
  京しやに負けて恥をかく行
 奈良にすんでいた僧が、貧しいので京へでた。そこで将棋を指したが、続けて負けてしまった。将棋の下手な、なら法師は、香車と京しやを懸けている。かく行は角行で、角の頭に香車を打たれ、防ぎようがなかった。京都の人となら法師は、対局したが、続けて負けて恥をかいた。恥をかくと角行を懸けている。

 11 天明五年『徳和歌後万載集』巻第八
 〈囲者恋〉から衣きつ洲
  いかんせん象戯の駒とすてられて
  囲はるヽ身の末も詰らず
 四方赤良と対立した橘洲の狂歌で、将棋の駒が捨てられるのは、どうしょうもない。私の身も同じ運命をたどるのだろう。この将棋の駒は、この局面において値打の無い駒をさしている。その場合には、捨て駒にしてチャンスを拡大していく。その一手にすぎない。囲われている時は、保証がはっきりしていないので、いつ棄てられるかわからない。将棋の駒を捨てるのは、相手の王を詰ますための手段だから仕方がない。

 12 『万載狂歌集』蜀山人
  金銀のなくてつまらぬ年の暮
  何と将棋のあたまかく飛車
 年の暮れともなればお金が必要となる。金銀は金貨銀貨を指している。将棋も相手王を詰まそうとすると、金や銀が必要となる。年の暮も将棋の詰む寸前と理解したい。あたまかくは、飛車の先に駒がないことを指している。これでは、敵陣に入り込めない。