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巳-庶民の心情

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富興行に係る庶民の心情

川柳を眺めると江戸時代の人の心がよく現れています。この点は、現在の私たちの心情となんら変わる事がありません。
 富が流行頃の富札料は高価で、一枚金一分・金二朱もしました。これでは庶民も手が出ず、富札店へ行き、安い割札を購入することになります。いくら幕府から許可してもらっても、いつの時代にも富突きにのめりこむ人がいて、富札にお金をつぎ込み、お金を失くしたり、家財を質に入れ、その金で富札を買ったものの、外れて首をくくる人もありました。
 富札が当れば、まず家を建て、更に生活も楽になるといった理由で、多くの人が富札を買うのですが、儒者でも富札を買うと皮肉った川柳もおもしろいものです。
 また、予想外に富札が大当たりで、おかしくなってしまつた人の川柳もあります。
 まぶしい夢か悲惨な現実かは、富突き日まではわからない、他人の出来事を悲喜こもごもとして映し出した川柳に時代を超えた共通認識を持つことができます。


富の川柳 五十音順俳風柳多留全集 昭和五十九年 岡田甫 三省堂

(1)一の富どこかのものがとりはとり(一五11)
  寺社で行う富突きの第一の当りは、誰かが取るのだろう

(2)札を下げればいヽになあお鶴ヤァゝい(一五七12)
  富札一枚が金一分・金二朱と高価だった。もっと低い金額になればいいと、富札の文字に使用された〈鶴〉に呼びかけている。

(3)札さしの近所で安い札を突(七七17)
  札差の近所は蔵前で、この近辺に割札屋があり、金一分の正札に対して、金一朱や銭
  五拾文ほどで購入できた。

(4)感応寺命からがら壱分すて(五五8)
  富札一枚が金一分だとすると、一ヶ月の生活費の拾五パーセントほどになる。
  富札一枚にそれほど金をかけると、命を維持(生活)するのも大変だ。

(5)百両は塔より高い願いなり(五一25)
  聳え立つ塔も偉大だが、百両が当ることは、更にむずかしい願いである。

(6)百両を錐で突つく谷の中(五四14・30・45)
  富突きをするのが感応寺、感応寺があるのが谷中である。

(7)冨は是一生の財なくす種(一〇〇127)
  富突きに夢中になると、お金なんか直ぐに無くなってしまう。

(8)富本がふへたで文字の札もふへ(九二16)
  富突きをする神社が増えたので、札の価格を下げる。価格を下げれば、発行枚数を増やし、そうすると、文字の種類も増えることになる。

(9)富の札買ふとむほんが腹に出来(一二七102)
  冨札を買うまでは、第一の富・第二の富のことばかり考えていたが、買った途端に外れることを考えるようになった。

(10)富の場へさい布をおとしわらはれる(二〇21)
  富の場は、当り札の宝金を受取る場所なのに、財布を落とすようでは、話にならない。

(11)富を取ったら先づ家をこう建て(一四二8)
  現実的な川柳で、五十両でも当ったら家普請をする。

(12)八十九両三分の徳がつき
  百両冨に当り、一割を奉納した。金一分の冨札代を引けば八十九両三分が儲かったのを、上品に言い換え〈徳がつき〉といった。

五十音順俳風柳多留全集 平成十一年 岡田甫 三省堂

(13)富札の引さいて有る首くヽり(七22)
  全財産で冨札を購入したが、当り札はなく、仕方なく冨札を破り首を括った。

(14)富は家を潤すものと儒者も買い(八三56)
  富札が当れば何でも買える。家族が豊かに暮らせるから、儒者だって人の子。

探訪江戸川柳 興津要 時事通信社 一九九〇年

(15)突きそうな地名で突かぬ冨が岡(柳78)
  富岡八幡宮という地名から、富興行をしていても可笑しくないのに、実際は富興行をしていなかった。

新編 川柳大辞典 粕谷宏行編 東京堂出版 平成七年

(16)首くヽりとみの札などもってゐる(五31)
  首を括った人が富札を持っていた。当然はずれ札である。

(17)いろは茶や客をねだって冨を付け(初27)
  谷中感応寺のの近所に〈いろは茶屋〉があり、女性が客に富札を買ってとねだっている。

川柳雑俳江戸庶民の世界 一九九六年 鈴木勝忠 三樹書房

(18)富が当って気違に成る(宝暦3蝉の下)
  まさしく夢のような壱番冨が当り、うれしさの余り可笑しくなってしまった。

川柳江戸八百 平成七年 鈴木昶 東京堂

(19)突く日には湯島沸くほど人が出る(柳49)
  富興行のある日には、湯島は人で溢れている。

川柳大辞典下 昭和三十七年 大曲駒村編 高橋書房

(20)富が当ると縁組はやむところ
  持参金つきの嫁の縁談もあり、結婚しょうと思っていたが、富が当ったので破談にした。

江戸川柳辞典 浜田義一郎編 平成七年 東京堂出版

(21)大笑ひ富場で杓子おっことし(一七21)
  杓子を懐中すると冨くじに当るというまじない。それを落とすようでは、とても見込みなし。

初代川柳選句集下 岩波文庫 千葉治校訂 一九九五年

(22)富を取ったを隠してて疑はれ(筥一27)
  富に当って金回りがよくなり、知人や近所の人から、あいつは悪いことをしたと疑われている。

(23)富に当った気でじやもつ面を(傍二9)
  富札が当った気持ちで、持参金もちの人と結婚しよう。

(24)百両へ手のつけそめは三分二朱(筥一16)
  百両の富を当てようとすると、富札を買わなければならない。その金額が金二朱である。