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蔵屋敷 4

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蔵屋敷の祭祀

小田
「蔵屋敷の祭祀」は、自分の本国から勧請いたしまして、蔵屋敷に祭っていました。常安町の高松藩でしたら、<金毘羅大権現>を祀り、海上、風波の影響から水難を逃れられるというようなことが書いてありますし、徳島侯の蔵屋敷では疱瘡(ほうそう)を平癒なさしめるという。そういったこともあります。久保島町にある宇和島藩、ここにも和霊神をお祭りして信心をすると災難は除かれるとか、土佐堀にある松江侯の蔵屋敷、ここも子どもの疱瘡(ほうそう)を軽くなさしめると言われています。
 こういったことは一般の人が非常によく知っておりまして、蔵屋敷の祭りに縁日がありまして、例えば25日だったら、その日、お参りに来ております。あるいは、ずっと開放している蔵屋敷もあります。
 最近、こういう研究が進んでおりまして、江戸で言いますと有馬家の水天宮(当時は安産のほか、防火・水難などにご利益があるとされていた)です。ここなどは、当初1日だけだったのが、あまりにもたくさんの群衆が詰めかけるので、月の内3日を開放してどんどん広げていくのです。そうしますと、お賽銭とかお守りなどの関連グッズが飛ぶように売れまして、1年間で何と2,000両入ったほどでした。
でも、これはやはり一部の蔵屋敷だけです。たいがいの蔵屋敷は、そこまでもたずにブームが去ると駄目になっています。ブームと言いますのは、疱瘡がバッと大流行します。そうすると、皆そこにお守りをいただこうと参ります。しかし、疱瘡があまり流行しなくなったらそこに誰も行かなくなります。