関西を拠点に新しい発想で多彩なテーマに挑戦。幅広い研究領域と調査活動から゛商業゛のメカニズムを読み解く。

両替屋 4

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③両替屋の業務

小田
 「両替屋の業務」で、貸付は、もちろん大名貸ですね。ここにある「大福帳」の中にありまして、大名貸は鴻池屋の場合で言いますと、先程出てきました尾州蔵とか、筑前蔵・芸州蔵・加賀蔵もそうです。そういった大名にお金を貸付しております。そして、1割強の利率で生活しているわけなのです。
 この預金は、一般の人ではないです。主に、別家、通い別家であるとか番頭とか手代、自分の親族、鴻池屋が住んでいる町の懇意者、飛脚屋さん、そういうところのお金を預かって、利子を付けているのです。 それでは、一般の人がよく両替屋に、現在なら銀行にお金を預けると言いますが、あれは嘘だったのかということになりますが、嘘ではないのです。それは、鴻池新十郎家の帳簿で、萬金銀当座請帳という、そういう帳簿がありまして、そこには多くの人からお金を預かっていると推察しています。
 しかし、その萬金銀当座請帳には利子が付かないのです。100万円預けても1億円預けても利子は付かないのです。ただ、預かっているだけ。両替屋の方から言いますと、ただで、利子を付けずに預かっているわけですから、そのお金をうまく利用できるわけです。多数の人からお金を預かっているのですから、それを大名貸やほかに投資して、昔だったら新田に投資することもあるでしょうし、色々なところに投資していたわけです。それで、利ざやを稼いでいたのです。
 これは外れますが、三井組・御為替十人組でも一緒なのです。あれは、幕府公金の送金を引き受ける条件の一つに、大坂御金蔵より貨幣を受取って江戸御金蔵に納入するまでの期限が60日(後で90日)あったわけですから、その60日間というのは、莫大なお金を自由に運用できたのです。だから、三井が大きくなったというのは、その為替をうまく利用したと思います。
 大阪では手形がよく流通しているのですが、一番信用があった手形が振手形。この振手形は、現在の小切手と同じようなものです。自分の取引のある両替屋に自己宛に振り出して、それを相手に渡すと。相手は、持参人払いですからその両替屋へ行けばお金を引き出せる、そういう仕組みになっています。